ブッダ物語 巨木も一粒のタネから②

 ブッダは、静かにおっしゃいます。
「そなたは世の中で、これは珍しいというものを見たことがあるか」
“いきなり何だ”。男は戸惑いつつも、「珍しいもの」と問われ、村の大樹を思い出しました。
「あの多根樹ほど不思議なものはない。一つの木陰に五百両の馬車をつないでも、まだ余裕があるからな」
 続けてブッダは問われます。
「そんな大きな木だから、タネはひきうすぐらいはあるだろう。それとも飼い葉桶ぐらいかな」
「とんでもない。そんな大きなものではない。ケシ粒のほんの四分の一ぐらいしかない」
「そんな小さなタネから、そんな大きな木になるなんて、だれ一人信じないね」
 ブッダの言葉に、男は大声で反論しました。
「だれ一人信じなくとも、オレは信じている」
「どんな麦こがしの小さな善根でも、やがて強縁に助けられ、ついにはさとりを開くこともできるのだ」

 夫は自身の誤りを知らされ、直ちに己の非をわび、夫婦そろって仏弟子となったと伝えられています。

ブッダ物語 巨木も一粒のタネから①

 ブッダ在世中のことです。ある村に、多根樹という大きな木がありました。
 天を摩するような高さを誇り、幹太く、思い思いに広げた枝葉の下は、数百人が遊んでもまだ猶予があったといいます。自らの重さを支えるように、枝が地に伸びて根ざし、樹そのものが、ひとつの林のように見えました。
 ある日、尊い方がお弟子を連れて村を訪れ、托鉢をして歩かれました。
 たまたま、そのお姿を拝した貧しい女が深い尊敬の念を起こします。
「なんと尊いお方だろうか。ぜひ何か差し上げたい」
 この尊貴なお方こそ、ブッダであることを彼女は知ったのです。
 女はブッダに、自分たちの昼食のために用意した「麦こがし」を施すことにしました。大麦を煎って焦がし、うすでひいて粉にしたものです。
 鉢に麦こがしを差し上げた時、ブッダが弟子の阿難に向かって、こうおっしゃいます。
「この女は今の尊行によって、やがてさとりを開くであろう」
 すると傍らにいた彼女の夫が、おもむろにブッダに歩み寄り、腹を立てた様子で食ってかかった。
「そんな出任せ言って、麦こがしを出させるな。取るに足らぬ布施でどうしてそんな果報が得られるか」
(つづく)

ブッダ物語 智恵ある者に怒りなし

 ある邪教徒の男が、ブッダにさんざん悪口を言った。黙って聞いていたブッダは、静かに問いかける。
「そなたは祝日に、肉親や親類の人たちを招待し、歓待することがあるか」
「そ、そりゃ、あるさ」

 ブッダが続けて尋ねる。
「親族がその時、そなたの出した食べ物を食べなかったらどうするか」
「食わなければ、残るだけさ」

 ブッダは続けて問いを繰り出される。
「私の前で悪口雑言ののしっても、私がそれを受け取らなければ、その罵詈雑言は、だれのものになるのか」
 核心に触れたと思った男は、ムキになって反論した。
「いや、いくら受け取らなくとも、与えた以上は与えたのだ」
「いや、そういうのは与えたとはいえない」
 突っぱねられた男は、訳が知りたくなる。立場は逆転した。男は、自らブッダに問うようになった。
「それなら、どういうのを受け取ったといい、どういうのを受け取らないというのか」
「ののしられた時、ののしり返し、怒りには怒りで報い、打てば打ち返す。闘いを挑めば闘い返す。それらは与えたものを受け取ったというのだ。しかし、その反対に、何とも思わないものは、与えたといっても受け取ったのではないのだ」
 さっきから感じていたことを言い表された気がして、男は重ねて尋ねた。
「それじゃあなたは、いくらののしられても、腹は立たないのか」
 ブッダは厳かに、偈で答えられた。

「智恵ある者に怒りなし。
 よし吹く風荒くとも、
 心の中に波たたず。
 怒りに怒りをもって報いるは、
 げに愚か者のしわざなり」

 百雷に打たれたような衝撃が心に走った。
「私は、ばか者でありました。どうぞ、お許しください」
 落涙平伏し、ブッダに帰順したという。

ブッダは心田を耕す労働者

 ある日、ブッダはお弟子たちを連れて、托鉢に出掛けられた。食料などの布施を鉢に受け、広く大衆と仏縁を結ぶためである。
 ある男が近づいて、からかうように言った。

「よく、あなたたちは来なさるね。どうです、そんなに大勢の働き盛りの若者たちを連れて、ブラブラ乞食したり、訳の分からぬ説法などして歩かないで、自分で田畑を耕して、米や野菜を生産したらどうです。私らは難しいことは言わないが、自分で働いて、自分でちゃんと食っていますよ」

“ものを生産してこそ労働ではないか”。丁寧ではあったが彼の言葉には、人々の施しによって生きる修行者たちへの軽蔑と、肉体を酷使して働くことへの自負とが、ありありと見えていた。

 男の言うことを静かに聞いておられたブッダは、従容として、こう答えられた。

「我もまた、田畑を耕し、種をまき、実りを刈り取っている労働者である」

 意外なお答えに、不審をあらわにして男は反問する。
「ではあなたは、どこに田畑を持ち、どこに牛を持ち、どこに種をまいていられるのか」

 ブッダは、毅然として喝破なされた。
「我は忍辱という牛と、精進という鋤をもって、一切の人々の、心の田畑を耕し、真実の幸福になる種をまいている」

 真実の仏法は、未来永劫、我々を絶対の幸福に生かし切ってくだされる。
 その真実の宝を施す以上の、素晴らしい労働があるはずがない。
 ブッダは、「我は心田を耕す労働者なり」の大自覚を持って、最高無比の労働に身命を捧げられたのである。

ブッダの『観無量寿経』『阿弥陀経』とは

○『観無量寿経』とは

 ブッダの説かれた『観無量寿経』は、略して「観経」ともいわれます。
「王舎城の悲劇」で有名な、韋提希夫人へのご説法が記されています。ブッダのおられた時代、マガダ国の王・ビンバシャラ王の妃・韋提希夫人は、わが子・阿闍世によって、七重の牢に閉じ込められます。この時ブッダは、「このたびは特に大事な話をしよう」とおっしゃって、大衆を前に、霊鷲山で『法華経』の説法をしておられました。
 しかし、牢獄で苦しむ韋提希夫人の救いを求める声に、『法華経』の説法を中断して、王宮に降臨され、弥陀の救いを説かれたのです。
 これは、阿弥陀仏の本願こそ、ブッダが仏教を説かれた目的であることを示しています。

○『阿弥陀経』とは

『大無量寿経』を「大経」というのに対して、『阿弥陀経』を「小経」ともいわれます。ここには阿弥陀仏と極楽浄土の様子が詳しく説かれています。
 この経の眼目は、東西南北上下(六方)の大宇宙の諸仏方が異口同音に、「弥陀の本願まこと」を証明なされている「六方諸仏の証誠」にあります。
 普通のお経は、だれかの質問に答えられる形で説かれていますが、『阿弥陀経』だけは「無問自説の経」といわれ、問わず語りの説法なのです。
 自ら説かずにいられなかったお気持ちの表れでしょう。

ブッダの『大無量寿経』とは

 ブッダの説かれた教えはすべて、お経に書き残されています。そのお経すべてを「一切経」といいます。七千余巻の膨大なお経がありますが、その中に『大無量寿経』というお経があります。

『大無量寿経』は、略して「大経」ともいわれます。ブッダはこの経の初めに、
「如来、世に出興する所以は道教を光闡し、群萌を拯い恵むに真実の利を以てせんと欲してなり」とおっしゃり、
“私がこの世に生まれでた目的は、一切の人々を絶対の幸福に導く、この経を説くためであったのだ”
と宣言されています。

 これを出世本懐経といいます。出世本懐経とは、真実の経と同じ意味で、ブッダの本心が説かれている経典ということですから、『大無量寿経』以外のすべての経典は、方便のお経であることがお分かりでしょう。

 さらに「大経」の終わりには、
「当来の世に経道滅尽せんに、我慈悲を以て哀愍し、特にこの経を留めて止住すること百歳せん」
と、真実の経であることの、とどめを刺しておられます。これは、
“やがて、『法華経』など一切の経典が滅尽する、末法法滅の時機が到来するが、その時代になっても、この『大無量寿経』だけは永遠に残り、ますますすべての人々を絶対の幸福に導くであろう”ということです。
 このようなことが説かれているのは、一切経多しといえども、阿弥陀仏の本願が説かれている『大無量寿経』以外にはありません。

何のためにブッダの教えを聞かねばならないのか

 ずばり結論から申しましょう。仏法(ブッダの教え)を求める目的は生死の一大事、すなわち後生の一大事の解決をするためです。仏典は、すべての人々に生死の一大事、後生の一大事のあることを教え、その解決の方法を教示なされたものばかりです。
 ブッダ一代の教え、八万の法蔵といわれる一切経も、この一大事を我々にいかに知らせるか、この一大事をいかに解決するかを教えられた以外の何ものでもありません。
 それはそのまま、人生究極の目的を教示なされたものです。そのことは、「人身受け難し、今已に受く。仏法聞き難し、今已に聞く。この身今生に向って度せずんば、さらにいずれの生に向ってか、この身を度せん」の仏語によっても明らかです。
 それにもかかわらず、仏教の何たるかを知らず、勝手に仏教を誤解して、明るく、強く、たくましく、仲良く、この世を生きていく方法を教えているものが仏教だろうと思い込んでいる人のいかに多いことでしょうか。
 ちょうど、仏教を廃悪修善、勧善懲悪、悪を戒め善を勧める道徳や倫理と兄弟のように思っている人がほとんどです。だから、仏法を信じている者は、おとなしい、優しい、他人の言うことは何でもハイハイと聞く、お人よしになるのだろうと思っています。そして、どんな人とでも仲良く、ケンカ争いはせず、家庭も円満に治まり、いわゆる世間でいう、円満な人格者、角の取れた人間を仏教信者だと考えています。どんな苦しみ、不幸に遭っても不平、不満をアキラメて、ただ黙々と忍従していく人間像を想像しています。仏法をこの世を生きていく道具のように思っている証拠です。
 しかしこれは、全く道徳や倫理と仏法を混乱している迷見であります。

お経はブッダの説法を記されたもの

 二千六百年前にブッダの説かれたことが、どうして今日分かるのでしょうか?

 それは、ブッダの説法が、経典(お経)となってすべて残っているからです。お経は、ご説法を聴聞したお弟子たちが書き残したものなのです。

 お弟子の一人が、「私はこのように聞きました」と発表し、五百人のお弟子全員が、「間違いない」と同意して初めて記録されました。この会議を仏典結集といいます。経典が「如是我聞(是くの如く我聞く)」で始まっているのはそのためです。

 お経は巻物となって残っていますので、一巻二巻と数えられます。全部で七千余巻あり、それを一切経とか、八万の法蔵、あるいは一代教といいます。

 ブッダの説かれた教えを「仏教」といいますが、仏教に何が説かれているかを知るには、この一切経を読まなければ、分かりません。

ブッダとは?

 ブッダは今から約二千六百年前、インドで活躍されたお方です。今日三大聖人、二大聖人といわれても、常にトップに挙げられます。世界文化史の大家、H・G・ウエルズは世界の偉人のトップにブッダを挙げ、
「公平にどの点からみても、世界最大の偉人は、仏陀釈迦牟尼仏である」
と言っています。
 ブッダは、三十五歳十二月八日に仏のさとりをひらかれ、八十歳二月十五日にお亡くなりになりました(仏さまが亡くなられることを涅槃の雲に隠れられるともいいます)。その四十五年間、仏として説かれたみ教えを、今日仏教といいます。

 世間では「仏」というと、「死んだ人」のことだと思われていますが、それは大変な間違いです。仏教で「仏」とは、さとりの名前をいいます。
 一口に”さとった”といっても、さとりには低いさとりから高いさとりまで、五十二の位があります。その下から五十二段めの最高のさとりを仏のさとり(仏覚)といい、これ以上、上がないので無上覚ともいわれます。
 一段違えば、人間と犬や猫ほど境界が違うといわれ、手足が腐るほど修行した禅宗のダルマでさえ、三十段程度までしかさとれなかったといいますから、”死人イコール仏”がいかに間違いであるかが分かるでしょう。
 地球上で仏のさとりまで到達された方は、今日までブッダ釈迦牟尼世尊だけですから、「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし」といわれます。

ブッダと親鸞聖人

 二千六百年前、ブッダの説かれた教えを今日、仏教といわれます。その真実の仏教を日本で明らかにされた方が、親鸞聖人です。

 親鸞聖人は今から約八百年前(平安末期)、京都にお生まれになりました。四歳で父君、八歳で母君と死別され、世の無常に驚かれた聖人は、九歳で出家を志し、比叡山天台宗の僧侶となられます。しかし、二十九歳の時、二十年間の天台・法華の教えに絶望なされ、下山を決意。同じ年、京都・吉水の法然上人から教えを受け、信心決定(阿弥陀如来の本願に救い摂られること)なされました。

 以後、九十歳でお亡くなりになるまで、すべての人が幸福になれるたった一本の道、弥陀の本願一つを説き続けられたのです。今日、世界の光と多くの方から仰がれています。

「更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」が、親鸞聖人の常の仰せでした。珍しき法とは、今までだれも教えなかった教え。如来の教法とは、ブッダが説かれた仏教のことです。
「親鸞は、今までだれも説かなかった新しい教えを説いているのではありません。ブッダの説かれた仏教を私も信じ、皆さんにもお伝えしているだけなのです」と明言されています。


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