ブッダが説く親の大恩十種⑤廻乾就湿の恩

 ブッダが説かれる親の大恩十種の五番目は、「廻乾就湿の恩」です。

 これは、子どもがおねしょをした時に、親は自分は冷たい所に休み、子どもは暖かい乾いた所に寝かせて下さる恩です。
 お経には、ブッダは次のように説かれています。
「水の如き霜の夜にも、氷の如き雪の暁にも、乾ける処に子を廻し、湿りし処に己臥す」(父母恩重経)

 子どもがおむつをしている時期だけでなく、成長して自分でトイレへ行けるようになり、オムツを外しても、夜中におねしょをしてしまうことがあります。
 そんな時、添い寝をしていた母親は、今までいた乾いた温かい所へ子供を寝かせて下さいます。これが「廻乾」です。
 そして自分は、子供の寝ていた湿った冷たい所に休んで下さいます。これを「就湿」と言われています。

 霜が降りるような夜も、雪が降り凍りつく夜も、わが子かわいさから、自分が冷えることは我慢して、子どもは暖かい所に寝かせて下さるのです。

 講演会では、こんな体験談を、聞きました。夢の中でトイレに行っている夢を見たときのことです。「ここはトイレだ、間違いない」とちゃんと確認するのですが、なんだか腰のあたりが暖かくなってきます。ありゃ夢だったかと思った時には、半分ほど出てしまっています。困ったなあ……と思うのですが、黙っていても、明日の朝になれば分かります。隣ですやすやと眠っている母親の胸を叩くと、「また、やったか!」と言われるので「うん、うん」と言うと、案外何も言わずに、自分が寝ていた暖かい所に寝かせて、自分は濡れた所におしめを敷いて、抱いて寝て下さったそうです。

 誰もが、そんなことが何度もあったと覚えているのではないでしょうか。

ブッダが説く親の大恩十種④乳哺養育の恩

親鸞会で聞いた、親の大恩の話を続けたいと思います。

ブッダが説く親の大恩十種の四番目は「乳哺養育の恩」です。
「乳哺養育の恩」といわれるのは、栄養と愛情いっぱいの母乳を与えて、養い育んで下さるご恩のことです。

ブッダは、『父母恩重経』というお経の中で、次のように説かれています。

「爾来 母の懐を寝処となし、母の膝を遊び場となし、母の乳を食物となし、母の情を生命となす」(父母恩重経)

赤ん坊は、母に抱かれて眠り、母のひざで遊びます。そして母乳を飲ませてもらい、母の愛情を受けて育つのです。

乳児は、消化機能が未発達で、普通の食事は取れませんから、母乳の栄養を得て成長します。生後三カ月で体重は倍になりますが、これもすべて、お母さんからもらった栄養で、すくすくと育つのです。

続けてブッダは、このように教えられます。

「寒きとき服を加うるに母にあらざれば着ず。暑きとき衣を撤るに母にあらざれば脱がず」(父母恩重経)

気温の変化に応じて、衣服を着せたり脱がせたりしてもらって、健康を保っています。

「その初めて生みし時には、母の顔、花の如くなりしに、子を養うこと数年なれば、容すなわち憔悴す」(父母恩重経)

数年の養育で、美しかった容貌も衰えてしまうといわれるほど、子供を育てるのは並大抵のことではありません。特に母乳が足りない時は大変です。人工ミルクは、濃度を成長に合わせて調節するのがなかなか難しいものですが、母乳は最初は薄く、子供が成長するにつれて次第に濃くなっていくそうです。自然の法則の妙でしょう。

こんなご恩のおかげで、私たちは成長できたのです。

ブッダが説く親の大恩十種③生子忘憂の恩

親の大恩十種の三番目は「生子忘憂の恩」です。これは、子どもが生まれると、今までの心配や苦しみを、すべて忘れて、自分が生まれたかのように喜んで下さる恩です。
『父母恩重経』でブッダは、「若し夫れ平安になれば、猶蘇生し来るが如く、子の声を発するを聞けば、己も生れ出でたるが如し」と説かれています。
子どもが五体満足に生まれてきたのを見て、自分が生まれたように喜ぶ、ということです。そんなことは、母親でなかったら、できないことでしょう。
また『父母恩重経』に、「父母の喜び限りなきこと猶貧女の如意珠を得たるがごとし。その子声を発すれば、母も初めてこの世に生れ出でたるが如し」と説かれているのも、同じことです。
現代語にすれば「子どもが無事に生まれれば、父母の喜びは限りなく、まるで貧しい女性が、如意宝珠を得たようである。子が声を発すると、母親も初めてこの世に生まれたような気持ちになる」ということです。
あるお母さんは、出産の喜びを、このように語っています。
「子供と対面した時は、ただ、かわいいばかり。つわりで麺類ばかり食べていた日々や、陣痛でうなり声を上げていたのが夢のようで、つらかったことが全く頭に浮かびませんでした。健康に生まれてよかった、という気持ちでいっぱいでした」
また、このように喜んでおられる方もあります。
「陣痛で二日間ほとんど眠れず、三日目、経験したことのない強烈な痛みで全身が砕けそうな中、夢中で出産。体はへとへとでしたが、わが子を抱いた時、大切な宝物を手にした気持ちでした。痛みも疲れも吹き飛び、喜びが込み上げてきました。陣痛の時は、”こんな苦しいことは、もう嫌だ”と思っていたのに、産んだあと、その痛みを忘れているのです」
まさに、ブッダが説かれる通り、大きな大きなご恩を両親から受けているのです。

こういう話を親鸞会の講演会で聞いて、仏教観が一変しましたので、これからも紹介させて頂きます。

ブッダが説く親の大恩十種②懐胎守護の恩

 ブッダが説かれた「親の大恩十種」の二番目は、「懐胎守護の恩」です。

 いよいよ陣痛が起こり、子供を産む時の苦しみは、青竹を握らせると二つに押し割るほど激しいといいます。ブッダは『父母恩重経』に、
「月満ち日足りて生産の時至れば業風吹きて之れを促し、骨節ことごとく痛み、汗膏ともに流れて其の苦しみ堪えがたし」
と説かれています。その痛みを、作家・有島武郎は妻の姿を通して生々しく描写しています。

 ちょうど三時と思わしい時に──産気がついてから十二時間目に──夕を催す光の中で、最後と思わしい激しい陣痛が起こった。肉の眼で恐ろしい夢でも見るように、産婦はかっと瞼を開いて、あてどもなく一所をにらみながら、苦しげというより、恐ろしげに顔をゆがめた。そして私の上体を自分の胸の上にたくし込んで、背中を羽がいに抱きすくめた。もし私が産婦と同じ程度にいきんでいなかったら、産婦の腕は私の胸を押しつぶすだろうと思うほどだった。(中略)
 大きな天と地との間に一人の母と一人の子とがその刹那に忽如として現われ出たのだ。
 その時新たな母は私を見て弱々しくほほえんだ。私はそれを見るとなんという事なしに涙が目がしらににじみ出て来た。
(有島武郎「小さき者へ」)

 俗に「主人がいるとお産が重い。主人が不在だと安産だ」といわれているのも、産婦の苦しみを主人として見るにしのびないことを示しているのでしょう。

 ブッダの母マーヤー夫人は、出産後まもなく、亡くなっています。子供を産むことは、女性にとっては男の戦場にのぞむようなもので決死の覚悟が必要なのです。

ブッダが説く親の大恩十種①懐胎守護の恩

ブッダが説かれた「親の大恩十種」の一番目は、「懐胎守護の恩」です。 「懐胎守護の恩」とは、子どもを身ごもったお母さんが、胎児を守って下さる恩です。何を食べたらよいか、食べない方がよいか、いろいろ心配をして下さり、種々に守って下さる恩です。  母親が特に心配するのは、薬害ではないでしょうか。病気になると、たとえ自分の肉体はつらくても、「この薬を飲んだら子どもに悪い」と思えば、我慢して飲まないようにします。そのように心配して、おなかの子どもを守って下されたご恩を「懐胎守護の恩」と教えられています。  お経にブッダは、次のように説かれています。 「悲母、子を胎めば、十月の間に血を分け肉を頒ちて、身重病を感ず。子の身体これに由りて成就す」(『父母恩重経』)  子どもが宿ってから十ヶ月の間、母親は重病になったような苦しみを感じながらも、守ってくださり、そのおかげで子どもの身体が作られます。  ミニスカートにブーツ姿で街を闊歩していた女性も、子供を授かれば、格好は二の次。おなかを締めつけない服を着て、転ばないようにかかとの低い靴を履きます。好みの食べ物や衣服を手に入れて、食べたい、身を飾りたいという気持ちより、健康に生まれてほしいの思いが強くなるからでしょう。  ブッダは、次のようにおっしゃっています。 「苦悩休む時なきが故に、常に好める飲食・衣服を得るも、愛欲の念を生ぜず。唯一心に安く生産せんことを思う」  胎盤の完成していない妊娠初期は、流産のリスクがあるため、遠方への移動や運動も控えるように言われたり、重い荷物を持つことはもちろん、手を上に伸ばして荷物を上げ下げするのもよくないといわれます。  母親が種々に心配し、守って下されたなればこそ、胎児は成長できるのです。

ブッダが説く親の大恩十種

ブッダが説く親の大恩十種
ブッダは、山よりも高く海よりも深い親の恩を、十に分けて説かれました。これを「親の大恩十種」といいます。その十種とは何か、『父母恩重経』には、次のように教えられています。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【原文】
「父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。
善男子善女人よ、別けて之れを説けば、父母に十種の恩徳あり。何をか十種となす。
一には懐胎守護の恩。二には臨生受苦の恩。三には生子忘憂の恩。四には乳哺養育の恩。五には廻乾就湿の恩。六には洗灌不浄の恩。七には嚥苦吐甘の恩。八には為造悪業の恩。九には遠行憶念の恩。十には究竟憐愍の恩。父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。」(『父母恩重経』)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【現代語訳】
父母の恩の重いことは、ちょうど天が限りなく高いようなものである。
善男子善女人(=仏法を聞いている男女)よ、これを分けて説くならば、父母から十種の恩徳を受けているのだ。十種とは、どのようなものか。
一には懐胎守護の恩。
二には臨生受苦の恩。
三には生子忘憂の恩。
四には乳哺養育の恩。
五には廻乾就湿の恩。
六には洗灌不浄の恩。
七には嚥苦吐甘の恩。
八には為造悪業の恩。
九には遠行憶念の恩。
十には究竟憐愍の恩。
父母の恩の重いことは、ちょうど天が限りなく高いようなものである。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ブッダが教えられた、十種の大恩を、順に聞かせて頂きましょう。
ブッダは、山よりも高く海よりも深い親の恩を、十に分けて説かれました。これを「親の大恩十種」といいます。その十種とは何か、『父母恩重経』には、次のように教えられています。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【原文】
「父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。
善男子善女人よ、別けて之れを説けば、父母に十種の恩徳あり。何をか十種となす。
一には懐胎守護の恩。二には臨生受苦の恩。三には生子忘憂の恩。四には乳哺養育の恩。五には廻乾就湿の恩。六には洗灌不浄の恩。七には嚥苦吐甘の恩。八には為造悪業の恩。九には遠行憶念の恩。十には究竟憐愍の恩。父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。」(『父母恩重経』)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【現代語訳】
父母の恩の重いことは、ちょうど天が限りなく高いようなものである。
善男子善女人(=仏法を聞いている男女)よ、これを分けて説くならば、父母から十種の恩徳を受けているのだ。十種とは、どのようなものか。
一には懐胎守護の恩。
二には臨生受苦の恩。
三には生子忘憂の恩。
四には乳哺養育の恩。
五には廻乾就湿の恩。
六には洗灌不浄の恩。
七には嚥苦吐甘の恩。
八には為造悪業の恩。
九には遠行憶念の恩。
十には究竟憐愍の恩。
父母の恩の重いことは、ちょうど天が限りなく高いようなものである。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ブッダが教えられた、十種の大恩を、順に聞かせて頂きましょう。

親の恩を説かれたブッダ

ブッダの説かれたお経に『仏説父母恩重経』というお経があります。
このお経では、「父母の恩の重きこと、天の極まり無きが如し」と説かれ、両親から受けたご恩は山よりも高く、海よりも深いのだと教えられています。
親鸞会の講演会で、高森顕徹著『光に向かって123のこころのタネ』という本を見ました。そこに、このような話が書かれていました。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

一年生の児童を集めて先生が、
「親の恩が分かる人ありますか」
と尋ねると、オン鳥・メン鳥のことかと思って、
「親のオンはお父さんです。親のメンはお母さんです」
と得意そうに答えたというゴ時世だが、恩を感ぜざる者は畜生に劣る。
ご恩をありがたく感謝する者は成功し、恩を当然と受け流す者は信用を失い、恩を仇で返す者は身を滅ぼすのである。(『光に向かって123のこころのタネ』より)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

親の恩といっても、学校ではほとんど教えられなくなってしまいました。
日本が第二次大戦で負けるまでは、「忠義」と「孝行」が倫理道徳の規範だったといいます。天皇には「忠義」、親には「孝行」。これを「忠孝」といいます。倫理道徳は「これが善、これは悪」と教えて、だから善いことをしなさい、と勧めるものです。その規範が「忠孝」だったのです。「忠孝」を物差しにして、「これは善、これは悪」と判断されていました。
ところが敗戦後、「忠義」ということが全然、言われなくなりました。それで「孝行」まで、あまり言われなくなりました。「孝行」が倫理道徳の本なんですが、「孝行」まで言われなくなってしまったんです。だから今日、親を大切にしなさいと教える人が、なかなかいません。
ブッダが親の恩を、どのように説かれているか、『父母恩重経』から聞かせて頂きましょう。

無上の道──釈尊とワシとハト

ブッダが修行をしていたころの話です。

ある日、飢えに死にかけたワシがブッダに尋ねました。
「ここへ、ハトが来ませんでしたか?」
「ハトなら私の懐にいる」

意外な返事に元気を取り戻したワシは、思わず口にしました。
「ヤレヤレこれで生き延びられる。どうかハトを渡していただけないでしょうか。餓死寸前の私が見つけたハトなのです。逃しては死ぬほかありません」

ブッダの胸にはハトが、小さく震えながらうずくまっています。ブッダは端然と座り、目をつぶったまま沈黙しています。
ワシは次第に心配になってきました。
“……よく考えれば、出家は生き物を殺さないというじゃないか。ならば、みすみすハトを差し出すだろうか。だが、ほうっておいてはこのオレが死ぬ。オレを生かすには、ハトを死なさねばならんだろう。かと言ってハトを助ければ、オレが救われん……”

その時、ブッダは静かに言いました。
「ワシよ、汝の飢えはハトでなければ救えないのか?」
意図が分からず、ワシは沈黙しました。
「このハトの肉でなければ、そなたの飢えはしのげないのか?」

ブッダが言葉を換えて尋ねると、ようやくワシは口を開きました。
「そんなことはありません。同じほどの肉であれば、私は死なずにすみます」
「ならばどうじゃ。同じ量の肉を与えるから、ハトを助けてはくれないか」
“そんな肉片がどこにあるというのか?”といぶかったが、一応納得し、何が起きるのかを見守りました。

そのあとのブッダの行動に、ワシは目をみはった。何と彼は、自ら片方の腿の肉をそいで、ハトの目方と合わせた。だが、まだ軽かったのだろう。もう一方の肉をそいで量る。まだ足りぬのか、身体のあちこちの肉をそいで、ハトの目方と同じ量の肉を集め、優しく与えてくれたのでした。

このブッダの志によって、ワシはようやく飢えを満たした。ハトも死を免れて喜びました。
ともに生命を全うしたのを見て、ブッダも喜んだという。

ワシに慈悲心を教えるのも尊い。
ハトに諦観を説かねばならぬこともあるでしょう。
しかしブッダは、最も困難で、苦しい道を進まれたのです。
それは最高無上の道であるからです。

浄土真宗親鸞会の人に、この話を教えてもらいました。
とてもブッダのようなことは出来ないかも知れませんが、せめて身近なこと、それがちょっと自分の損になったり、面倒なことであっても善いことをしていこうと思いました。

親鸞会の人と接していると、心が洗われるようです。
会長の高森顕徹先生も、なにか教祖みたいなイメージはまったくなく、とても親しく感じられるので、また話を聞きにいこうと思います。

三人の妻

ブッダにまつわるお話です。

『三人の妻』

ブッダはつぎのようなたとえ話をしました。
「昔、ある金持ちの男が三人の妻を持って楽しんでいた。金持ちは第一夫人を最もかわいがって、寒いと言ってはいたわり、暑いと言っては心配し、贅の限りを尽くさせ、一度も機嫌を損なうことはなかった。
第二夫人は第一夫人ほどではないが、種々苦労し、他人と争ってまで手に入れたので、いつも自分のそばに置いて楽しんでいた。
第三夫人は寂しい時、悲しい時、困った時だけに会って楽しむ程度であった。

ところがやがて、その金持ちが重い病で床に伏すようになる。
刻々と迫りくる死の影に恐れおののいた彼は、第一夫人を呼んで心中の寂しさを訴え、”ぜひ死出の旅路の同道を”と頼んだ」

“ほかのこととは違い、死の道連れだけは、お受けすることはできません”
すげない第一夫人の返事に、男は絶望の淵に突き落とされた。寂しさに耐えられぬ男は、恥を忍んで第二夫人に頼んでみた。
“あなたが一番かわいがっていた彼女でさえ、イヤとおっしゃったじゃありませんか。私もまっぴらご免でございます。あなたが私を求められたのは、あなたの勝手。私から望んだのではありません”
案の定、第二夫人の返事も冷たい。男は恐る恐る、第三夫人にすがった。
“日ごろのご恩は決して忘れてはいませんから、村外れまで同道させていただきましょう。しかし、その先はどうか堪忍してください”
結局、三人ともに突き放されてしまったのだ。」

これは例えですが、何を表していると思われますでしょうか?

金持ちは我々人間のこと。
第一夫人は肉体、第二夫人は金・銀、財宝、第三夫人は父母、妻子、兄弟、朋友などを例えられたものです。

生あるものは必ず死に帰す。臨終には、今まで命にかえて大事に愛し求めてきた三人の妻と別れ、一人、旅立たねばなりません。後生へ踏み出すその時に、何かあて力になるものがあるでしょうか?生涯かけて求むべきは何だったのかと、問わずにはいられないはず。ブッダは、永遠に崩れぬ幸福のあることを、明らかになさっているお方なのです。

親鸞聖人は、この本当の幸福のことを「無碍の一道」と言われています。
親鸞会の話でも何度か出てきました。
さわりがさわりとならない本当の幸福のことをいうのだそうです。

「目がただれようとも眠りはいたしません」

三十五歳で最高の仏のさとりを開かれたブッダ(仏陀)についてのお話です。

「目がただれようとも
眠りはいたしません」
―仏弟子アナリツの誓い

精舎では善男善女が肩を並べ、真剣にブッダの説法を聴聞していました。
瞬きさえ惜しむような張り詰めた空気の中で、仏弟子アナリツは不意に襲った睡魔と闘っていました。不摂生をした覚えはないが不覚にも、彼はつい居眠りをしてしまったのです。

法話のあと、犯した過ちの大きさに震えながら、ブッダの御前にひざまずいて、うなだれました。
「何が目的で、仏道を求めているのか」
ブッダの問いにアナリツは、
「はい。生死の一大事の解決のためでございます」

「そなたは良家の出身ながら道心堅固、どうして、居眠りなどしたのか」
慈言が胸に響き、身の置き場もないような気持ちになりました。悔悟の念を絞り出すように、アナリツはこう誓いました。
「今後、目がただれようとも眠りはいたしません。どうか、お許しください」

その日から熱烈な修行を敢行した彼は、夜が更け、暁を見ても、決して眠ることはなかったのです。
不眠は連日に及び、”あの誓いは聞法の場のみのこと”と思った周囲からは、驚きとともに忠言が多く寄せられました。夜も休まぬ決意とは、到底だれも思わなかったのです。

やがて、不休の修行で目を患った彼に、ブッダは諭されました。
「琴の糸のように張るべき時は張り、緩むべき時は緩めねばならぬ。精進も度が過ぎると後悔する。怠けると煩悩が起きる。中道を選ぶがよい」
侍医の、”もう少し、眠れば治る”の強い勧めにも、彼はブッダとの誓いを貫き徹し、ついに両眼を失明してしまいました。同時にしかし、深遠な心眼が開け、釈迦十大弟子の一人、アナリツ尊者となったのです。

*     *

彼が目の光を失ってからのこと。衣のほころびを繕うため針に糸を通そうとするが、見えないのでかなわない。そこで周囲に呼びかけました。
「だれか、善を求めようと思う人はありませんか。この針に糸を通していただきたいのです」
しばし待つも、応じる人はない。

あきらめかけた時、傍らに気配がしました。
「ぜひ、私にさせてもらいたい」
声の主はブッダでした。アナリツは驚いて、
「ブッダは、すべての善と徳を成就なされた方ではありませんか」
畏れて言うと、ブッダは、
「仏の覚りを開けばとて、小善をおろそかにしてよい道理がない。世の中で、善を求めること私にすぐる者はない」
アナリツは、ありがたくブッダの親切を拝受したのです。

ちょっとした善でもこころがけねばと思いました。
浄土真宗親鸞会の会長、高森顕徹先生も、浄土真宗では善のすすめはないという人があるけれども、とんでもない間違いだと話されていました。

当然ですよね、善のすすめがなければ仏教どころか、雑多な教えよりもお粗末になってしまいます。
親鸞会は善をすすめるから間違いだなんていう人があると知ってビックリです。


Copyright © ブッダとは? All Rights Reserved.