ブッダ物語(玉耶の仏縁)(3)

 祇園精舎の建立で知られる給孤独長者は、長男の妻・玉耶の生活態度に悩んでいた。美貌だがわがままで、家族に溶け込まない彼女の心掛けを正すため、給孤独はブッダにご説法をお願いする。だが玉耶は、自身の矯正計画と知り、すねて部屋に引きこもってしまう。

 玄関の辺りが騒がしい。出家たちの行列が、どうやら見えてきたようだ。家人が口々に、何かはやし立てている。家の中は、大方の準備が終わったのだろう。時折、だれかが廊下を駆け抜ける以外は、咳払い一つ聞こえなかった。

 総出の迎えが盛り上がるほど、部屋の静寂が際立つ。押し入れに身を潜める玉耶は、より小さくなってうずくまった。フッと醒めた思いが胸をかすめる。
“何で私、こんなことしてるの?”。いかにも幼稚だと、我ながら思う。だが、”姿さえ見せなければ”。今はそう思ってやり過ごすしかなかった。

 ブッダの一行が到着した。家中が玉耶のことなど忘れたように、修行者たちの世話を始める。屋敷の至るところで談笑が交わされ、愉快な声が響きわたる。だが、にぎわいの中ただ一人、家長の長者だけが、ハラハラしながら嫁の行方を捜していた。
“お出迎えもするつもりがないのか……”。玉耶の部屋へ行ってみた。
「玉耶よ、いるのか」
 返事がない。確かにいるだろう。だが、呼びかけを拒むように静まり返っている。”ヤレヤレ、困ったものだ”とため息をつきながら、ブッダの控室に行き、事情を説明した。
「まことに申し訳ございません。実は……」
 一切をお見通しであったブッダは、すぐに神通力で、長者の屋敷を透き通るガラスの家に変えてしまわれたのである。
(つづく)

ブッダ物語(玉耶の仏縁)(2)

 家長の給孤独長者も困り果てている。女性は見た目が第一と思い、探し当てた息子の嫁。容貌は申し分ないが、内面は幼いままだった。労を惜しまず、他人のために働くことを当然としてきた長者には、彼女の日常は理解を超えている。食事の準備や片付け、掃除、整理整頓、人としてなすべき生活の基礎を、端から彼女は身につけていなかった。だが、こちらから持ちかけた縁談だから、今更、離縁もできない。長者家族は途方に暮れ、かねて崇敬するブッダにおすがりするしかないと考えた。
 給孤独はその日、世尊を訪ね、”何とか彼女の心掛けがよくなるようにお諭しを”と願い申し出た。

 深く同情なされたブッダは、早速、長者の屋敷へ赴くと仰せられた。晴れやかな顔で長者が帰宅すると、家人がいつも以上に掃除に精を出し始める。何かあると感じ取った玉耶は、傍らの使用人をつかまえて尋ねた。
「ハイ、何でも明日、お釈迦さまがいらっしゃるようでして……」
 バカ正直な返事から、玉耶は自分の矯正計画を見抜く。明日は一歩も部屋から出るまいと誓った。舅たちは、ブッダの手前、さぞ困るだろう。
“アホクサ。説教なんて、だれが聞くもんですか”
 彼女は一人ほくそえんだ。
(つづく)

ブッダ物語(玉耶の仏縁)(1)

 暁の光が辺りを照らし始めた。徐々に明けていく気配をまぶたに感じながら、女は夜具に横たわっている。給孤独長者の家は朝が早い。すでに起きだした家人が、屋敷のあちこちで元気に挨拶を交わす声が聞こえる。だが、嫁いだばかりのこの新妻だけは、長者の家風になじむ気がないようだ。
“まったく……貧乏所帯じゃあるまいし。何でこんな早くから起きて働かなくちゃいけないのよ。ワケ分かんない”
 腹立ちを抑えて寝返りを打つ。もうひと眠りしなくちゃ、と思った。

“肌を美しく保つには、睡眠不足は大敵なんだから”
 そうつぶやいて、二度寝の快楽をむさぼるのだった。

「……玉耶は、まだ寝ているのかい?いい加減に起きないものか」
 戻りかけの意識が、隣室の舅の声を聞いた。彼女は驚いて身を起こし、辺りを見回す。窓から強い陽光がさし込んでいる。長い髪をかき上げ、大きく伸びをして鏡台に座る。映し出された自分を見て、ようやく平静を取り戻した。
 玉耶が起きた気配を察したのか、義父と夫の話し声はやんだ。彼らの、腫れ物に触るような態度にイラつく。生活をともにすれば、遠慮も薄れ、あからさまな態度や表情も表れるはずなのに、義父母も夫も不自然なほど彼女に優しい。それがたまらなくイヤで、もう実家へ戻りたいとさえ思っている。
 何から何までこの家と自分は合わない。ここでは皆、だれかのために働くのを喜びとしている。思いやりや協調がとても大事だとも言われた。
“でも私は私。好きなようにさせてもらうわ。そもそも来てくれと頼まれたから嫁いでやったのよ”
 反抗心を全身に表し、玉耶は容姿を磨くことに専心している。だれより早く寝て遅く起き、日がな一日鏡の前を居場所に、髪を梳き、化粧を続ける。裕福な家庭で育ったせいか、身の回りのことは人任せで、家事も一切したことがない。気に障ればわめき、使用人にあたり散らす。勝手気ままな玉耶を、周囲は持て余していた。”夫もあきれているだろう”。うすうす気づいてはいるが、”態度を変えれば負けよ”。今更どうすることもできないと、開き直るしかないのだった。
(つづく)

ブッダ物語●祇園精舎(6)

 長者の熱誠が太子の心に通じた。素直な感動がほとばしり出た。
「ああ、あなたがそれほど尊敬されるブッダとは、どれほど偉大な方なのか、その説かれる法は、いかに尊いみ教えなのでしょうか。もう金貨はけっこうです。残りの土地はお譲りしましょう。どうか私にも、布施のご縁を求めさせてください。この樹林の立ち木を精舎建立の用材に寄進します」
 こうして大事業は順調に始まった。給孤独長者は多くの人々に仏陀のましますことを伝え、ともに精舎建立の参加を呼びかける。応じた人々の尊い志により、やがて壮大な寺院が落成した。
 ブッダは精舎を、「祇樹給孤独園」と名づけられた。「祇樹」とは、祇陀太子が献上した樹林を意味し、「給孤独園」は、給孤独長者の買い取った園地(土地)を指す。略して「祇園精舎」と呼ばれるようになった。多くの経典が、この祇園精舎で説かれ、人々の魂の救済に大きな役割を果たしたのである。

ブッダ物語●祇園精舎(5)

 果たして給孤独は、落胆するどころか大層喜び、飛び出すように帰宅して準備に取りかかった。蔵という蔵から金貨を集め、車に山と積み、目的の土地に向かったのである。

“なぜここまで……”
 給孤独の本気を思い知らされ、太子は半ば呆れてつぶやいた。目の前には、まばゆい光を放つ黄金が大地に輝いて、見たこともない光景がはるか向こうまで広がっている。そうするうちにも長者の使用人たちは、金貨を無造作に樹林へ敷いていく。彼らを急かすように指示を与える、給孤独の声が響いた。
「さあ、どんどん運べ。蔵が空になってもいい。運べ、運べ」
 その声に、我に返った太子は、慌てて長者に駆け寄り、
「待ってくれ。あなたは、なぜ全財産を投げ捨ててまで、この土地を仏陀に寄進したいと思うのか」。
 ニッコリほほえんで、長者は答えた。
「先日も申しましたとおり、ブッダは万人が救われる真実の法を説いておられます。苦しみ迷いの人生が、現在ただいまから光明輝く幸せに生かされ、未来永劫の楽果を得られる尊法です。そんな教えが説かれているなら、いかに遠くへでもはせ参じ、恭敬して教導を頂くべきでしょう。ところが仏陀は、自ら赴くと仰せです。普通ではありえぬこと。されば今、わが為すべきは、全精力を傾けて、ブッダをお迎えする土地をご用意することであります。私は、この国に仏法を伝えたいのです。金や財は一時の宝。やがては滅び、身から離れていく。しかし、永久に滅びぬ至宝、真実の法を体得するために生かせるなら、こんな喜ばしいことはない。たとえ全財産を投じても悔いはありません」
(つづく)

ブッダ物語●祇園精舎(4)

 ブッダをお招きする精舎(寺院)の建立に奔走する給孤独長者は、祇陀太子のもとへ行き、土地の譲渡を願い出た。その熱意に太子の心は動いたが、まだ承諾できない。そこで長者の心を知るため、太子は一計を案じた。

“こんな男には、今まで会ったことがない”
 給孤独長者と言葉を交わすうち、祇陀太子はそう思うようになった。多くの恵まれない人々へ財物を施していると聞いても、初めは売名や儲け話と絡めて考えていた。だが実際に会ってみると、真心から他人のために行動しようと努めていると分かる。私心や野心とは縁遠く、立ち居振る舞いも堂々として、こまやかな配慮も感じられた。すぐ、彼の信奉する仏陀にお会いしてみたいと思ったほどだ。しかし、疑念はまだ残っている。慎重に結論を出そうと太子は、一つの条件を提示する。
「よろしい。では、あの土地に金貨を敷き詰めただけの金額で譲りましょう」
 偽者なら、そんな巨額に、あきらめるに違いないと思ったからである。
(つづく)

ブッダ物語●祇園精舎(3)

 さまざまに巡る、太子の思いを察してか、長者は続けた。
「ブッダ・釈迦牟尼は紛れもなく真如より来現したお方。尊いお姿をご覧になり、み教えを聞かれれば、その違いが分かられるでしょう。仏と同じ時代に生を受けることは、幾多の生死を重ねても有り難いのに、今こうして遇えたのは、何よりの驚きであり、喜びではありませんか。万劫にもないこの機会を逃すことはできないと、聖地をほうぼう探し回ったのです。町に近すぎては騒がしくて聞法の邪魔になる。かといって遠すぎては参詣者に不便です。毒蛇や猛獣が出没する危険な場所は避けねばなりません。吟味を重ねてやっと見つけたのが、太子、あなたの樹林でした。市街からも近く、広さも十分。静かな森に、澄んだ水の流れる小川、小鳥のさえずりが心を洗う。ここしかないと、私は確信したのです。金に糸目はつけません。どうかお願いいたします」
 その熱意には打たれるものがあった。だが、太子の疑念は晴れない。これは果たして、信用してよいものか。そこで何か条件を出し、長者の気持ちを確かめてみようと思ったのである。
(つづく)

ブッダ物語●祇園精舎(2)

 現れたスダッタの印象は、想像とまるで違っていた。さわやかな笑みを湛えて彼は、礼儀正しくこう言った。
「太子さま。ぶしつけにも突然お伺いいたしましたこと、お詫び申し上げます。実は今日は、太子さまが郊外に所有なさっている土地をお譲りいただけないものかとお願いに上がったのです」
 いきなりの申し出に真意を量りかね、まず断りの言葉が口を突く。すると彼は、いよいよ表情を崩してこう続けた。

「大事な土地であることは重々承知いたしております。しかし、これには訳がございます。ぜひそれを知っていただきたいのです」
 何か温かな、深みのあるものを感じさせる。”今までの輩とは少し違う。聞いてみようか”と心が動いた。
「実は先日、私は最高の覚者であるブッダ・釈迦牟尼にお会いすることができました。世尊は各地で、すべての人が本当の幸せになれる教えを説いておられます。私は多くの人に仏の教えを伝えたいと思い、釈尊にコーサラへお越しいただくよう、お願いしました。そこで、あの土地にブッダが説法される精舎を建立したいのです」

“ブッダについては、私も以前に聞いたことがある。だがそれほど尊い方のためとはいえ、ただ話を聞くために、あんな広大な土地が必要なのか。それに、コーサラにも優れた婆羅門はいるのだから、他国からわざわざ覚者を招かずとも、それらの修行者や人師を、手厚く保護していけばいいのでは……”
(つづく)

ブッダ物語●祇園精舎(1)

 ブッダ在世中、給孤独という有名な長者がいました。その長者に、こんなことがありました。
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 義兄を訪問した折に釈尊と出遇った給孤独(スダッタ)長者は、故郷のコーサラに帰るや、ブッダをお招きする精舎(寺院)建立に動きだす。最適の場所として祇陀太子の土地を見出し、早速訪ねて譲渡を願い出た。これは、その時の太子の様子である。

 スダッタというその長者の名前には、思い当たることがあった。一つはコーサラでも有数の資産家であること。二つに多くの身寄りのない者に施しを与えて、「給孤独」と呼ばれていたことだ。

“きっと名利にさとい者なのだろう”。彼が訪ねてきた時、祇陀太子は狡そうな男を想像し、会わぬ前からうんざりした。というのも、若いころからそんな輩──利権をちらつかせ、王子の名を利用して甘い汁をすすろうとする連中に、数多くイヤな目に遭わされてきたからだ。
“この男も慈善の名の下、売名や儲け話を企んでいるのだろう。どんなうさんくさい話をしてくるやら……”。内心警戒しながら、太子は彼を部屋へ通した。
(つづく)

ブッダ物語●給孤独長者の述懐(3)

 ブッダ在世中、給孤独という有名な長者がいました。給孤独長者の述懐を聞きましょう。
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 その夜はよく寝つかれず、ウトウトしては何度も目を覚まし、夜明け前にはもう待ち切れずに仏の宿舎へと向かいました。闇の中を歩いていくと、ちょうど昇りくる陽の光を背に、近づいてくる方がありました。ただ人と思えぬ雰囲気を感じ、すぐにブッダであると直感したのです。挨拶もそこそこに仏足を取り、礼拝すると、その方はすべてを知り尽くされたように、私を受け入れてくださいました。そして、こうお教えくださったのです。
「人間の幸、不幸はどのように定まるか。善い行為は幸せを生み、悪い行為は不幸を招く。自分が受けた結果は、すべて自分が生み出したものである。幸せになりたければ、悪を恐れ、光に向かいなさい」

 そして、人間の苦しみの根本原因と、その解決の道は仏の教えにしかないことを諄々と説かれました。

 初めて聞く真実のみ教えにすっかり魅せられた私は、すぐに、
「暗闇の中で一条の光を見いだした思いです。その素晴らしい法を、私の国にもどうかお伝えください」
とお願いすると、世尊は静かにうなずかれました。ブッダをお招きするには、何千もの人が集える大講堂と、お弟子方の滞在できる精舎が必要です。私は釈尊から精舎建立のお許しを受け、喜び一杯で故国、コーサラへ帰ってきたのです。


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