ブッダ物語●給孤独長者の述懐(2)

 ブッダ在世中、給孤独という有名な長者がいました。給孤独長者の述懐を聞きましょう。
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 若いころから地位や財産に恵まれ、暮らしに困ったことも、大きな災厄に遭ったこともない。その身の上に感謝してはいますが、それ自体を幸せと感じたことはありません。一生をあくせく働かずに過ごせる財を持ちながら、こんなことを言えば、信じられないと言う人もあるでしょう。しかし金や物の有る無しと、幸福感とはあまり関係ないのだと、私は思います。
 もちろん、立場にあぐらをかくつもりはなく、富を独り占めにするまい、必要以上に貪ってはならないと、慈善に努め、身寄りのない恵まれぬ方々に財を施してきました。おかげで信用や名声を得て、多くの人が私を「給孤独」と呼ぶようになりました。有り難い、喜ばしいことです。だが、”生まれてきて本当によかった”という、心の底から湧き上がる生命の歓喜とは違うものでした。絶えず、「何かむなしい。なぜだろう?」「この飢えた心にどんな滋養を与えたらよいものか」と暗中模索し、どこかにその答えを示される大徳がましまさぬか、と探し求めていたのです。

 ある時、宇宙の真理をさとった”ブッダ”という存在を知りました。”そんな方が本当におられるのならば、一度でいいからご教導を賜りたい”と思いました。でもそれは想像上の存在だろう。人は、現実の苦しみに汲々としながらも、耐えて生きていくだけなのだと半ばあきらめていましたから。
 ところがどうしたことでしょう。そのブッダが、明日ここにいらっしゃるのだと、義兄は事もなげに言うではありませんか。実際に教えを受けた者だけが知る空気を彼に感じ、私は興奮しました。
(つづく)

ブッダ物語●給孤独長者の述懐(1)

 ブッダ在世中、給孤独という有名な長者がいました。給孤独長者の述懐を聞きましょう。
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 私がブッダと初めてお会いしたのは、マガダ国に住む妻の兄を久しぶりに訪ねた時です。いつもなら大いに歓待してくれる義兄が、その日は大声で呼んでも、なかなか出迎えてくれません。ただ、使用人たちが騒がしく走り回っている様子が分かるだけ。
「広間の掃除は終わったか。料理の準備はよいか」と指示している義兄の声も、かすかに聞こえます。
“何の騒ぎだろう?婚礼でもあるのだろうか、国王を招待でもしたのか?”
 そんなことを考えながら待っていると、ようやく彼は出てきました。
「やぁ済まない。お待たせした。取り込んでいたもので……」
「一体、どうしたのですか?」
 すると義兄から、予期せぬ言葉が返ってきました。
「明日、ブッダをわが家へご招待するんですよ」
 一瞬、耳を疑いました。
「──今なんと言われた?ブッダですって?本当ですか?」
 私は何度も同じ問いを繰り返しました。最高のさとりを開いたブッダがましますなんて、どうしても信じられなかったからです。義兄は言いました。
「カピラの城主・浄飯王の太子シッタルタさまが、すべての人の救われる道を求めて出家し、仏のさとりを開かれたのです。国中を回られて、真実の幸福になれる教えを説いておられます」
 もし本当なら大変なことだ。ともかくお会いしてみたいと思いました。

「私でも、教えを賜ることができますか」
「もちろん。明日の朝、お会いできましょう。楽しみにお待ちなさい」
(つづく)

ブッダ物語●生まれ変わった殺人鬼(3)

 悪バラモンの敷いた破滅への道を、オークツマラはひたすら驀進する。死体は累々と積まれ、ついに九十九人までになった。

 だれ言うとなく彼をオークツマラ(指鬘)と呼んだ。

 狂鬼のごとく最後の一人を求めていた時、目の前に現れたのは、生みの母であった。わが子の所業をうわさに聞き、驚いてやってきたのだ。彼にはもう、だれかれの見境もなかったが、さすがに愛する母に会い、心が動揺する。麻痺した心にも懐かしく温かい感興がよみがえり、しばし人間らしい心が戻った。その時、彼の目にもう一つの影が映る。仏陀釈尊であった。見るが早いか、母に向いていた身体を反転し、釈尊めがけて猛然と突進した。ところがどうしたことか、一歩も前進できない。彼は焦って鋭く叫ぶ。
「沙門よ、止まれ!」
 釈尊は、静かに応じられる。
「我は止まれり。止まらざるは汝なり」
 奇異な答えに、彼は大いに驚いてワケを尋ねる。
「そなたは邪教にだまされて、みだりに人の命を奪おうと焦っている。だから少しも身も心も安らかになれぬのだ。我を見よ。生死を超えて何ら煩うところがない。惑える者よ。早く悪夢より覚めて無上道に入れ」
 ブッダの尊容と無上の威徳に接して、さしもの悪魔外道も慟哭し、たちまち敬虔な仏弟子となっている。

 後日、托鉢中の彼を見て、道行く人が言った。
「あれはオークツマラではないか。憎むべき殺人鬼だ」
 呼応するように人々が群れ集まってくる。手に手に石を取り、刀を持って攻撃してきた。手向かわぬ彼は大衆のなすがまま、深傷を負い、ようやく逃れて、ブッダのもとに戻ってきた時は虫の息だった。ブッダの教導により、自己の造った悪業が、このような報いを招いたと知り、忍んで受け入れたのである。

「わが弟子の中、法を聞いて早く悟ること、指鬘のように勝れた者はなし」
 ブッダは言われたという。

ブッダ物語●生まれ変わった殺人鬼(2)

「この剣で百人殺し、その指で首飾りを作れ。それで悟りの道は完備する」
 あまりに残忍な行為を強いる師の言葉を、恐懼しながらオークツマラは聞いていた。差し出された刀の怪しいきらめきに魅入られ、ためらいながら柄を取る。ちらりと覗いた師の顔は、一瞬、醜くゆがんで見えた。が、ここまで来たら、もう逆らうまい。ゆっくりと立ち上がった全身には、もう迷いは消えている。やがて街へと走りだしたその目は、次第に狂気をはらんでいった。

 事の起こりはこうだ。
 師の留守中、その妻がオークツマラに密通を迫ってきた。恩師の妻と不倫など、とても考えられなかった彼は、どうにか諌めて自室に逃げ戻った。
「……恐ろしいことだ」
 胸を占めた嫌悪感から、初めは師妻をかたくなに拒んだが、その裏に、こんな思いが潜んでいたと気づいて戦慄する。
「憎からず思う二人。通じて何が悪い。きっと隠しおおせるに違いない」
 自分こそ情欲の塊ではないか。思う先から、さらに浅ましい心がわいてくる。
「不倫に手を染め、万一にでも露見すれば、師の寵愛も失い、ここも石もて追われる身となろう。いずれが得か……」
 この損得勘定が最後には働いて、踏みとどまったのが正直なところ。そう気づいた時、疑念が転じてある思いがひらめいた。

「……もしやあれは、この私の浅ましさを悟らせようと、お師匠様が計らった芝居ではあるまいか。そうすれば彼女のあの不可解な行動も説明がつく……」
 師への無垢な買いかぶりが彼をがんじがらめにする。
「あの方に間違いはない」。信じ切ろうと力む。その純真さは悪師に出会った時、悲劇の種子となる。

 自分には素質がある。善良を装った顔の下に、よくもこれだけ凄惨な所業をなす器量があったものだ。他人事のようにオークツマラは、血にまみれた己が全身を眺め回す。ドス黒い達成感が心を酔わせている。初めの一人こそためらったが、ひとたび手を染めれば、あとは林で槙を刈るようなたやすさで、手当たり次第に剣を振り回した。力任せの太刀が、肉を切り裂き、頭蓋をたたき割る。道行く者は老少男女を問わずに殺し、その指を切ってつなぎ、見る見るうちに紅に染まった鬘(首や身体の飾り)を作り上げた。
(つづく)

ブッダ物語●生まれ変わった殺人鬼(1)

 ブッダ在世中のこと。
 才知、弁舌、容貌、ともに優れた、オークツマラという青年が、ある婆羅門に弟子入りした。その婆羅門の妻は、巡り会うべき人に会えた、と身を震わせる。一方で、出会ってはならぬ相手と気づくのにも、さほど時間は要らなかった。有閑夫人の退屈しのぎどころではない。抗えぬ力で女は、美青年へのかなわぬ恋情に身を焼いた。それは夫が、彼への寵愛を深めるのと歩を合わせるように、深みへはまっていく。

 女はやがて、夫が近々、多くの弟子と遊行すると知った。留守を任せられたのは、一人オークツマラ。降ってわいた幸運に、彼女はほくそ笑む。
「ただ、告白するだけでは夫にバレないとも限らない。危ない橋を渡る以上、彼には共犯者になってもらわなくては……」
 ひそかに計らい、その日の来るのを待った。

 呼び出した密室。少女のように胸がときめく。もう後には引けない。秘めてきた愛恋の情を訴えると、物堅いオークツマラは身を硬くして後じさる。なおも執拗に密通を迫るが、最後は断固拒まれ、不貞をいさめられた。こうならぬこともないと、わずかに覚悟もしていたが、ここまでかたくなとは。さすが女の身の恥ずかしさ口惜しさに打ちしおれ、すごすごとその場を立ち去った。
 のぼせ上がった気持ちが急速に冷めると、彼の誠実は辱めとしか思えない。

 次第に激しい憎悪が込み上げ、恐ろしい復讐をたくらんだ。
 夫の帰宅を見計らい、女は渾身の芝居を打つ。自らの着衣を引き裂き、あられもない格好で床の上に打ち倒れた。驚いた夫に問われるまま、不在中、オークツマラに不倫の恋を強いられ、こんな辱めを、と涙ながらに訴えた。

 まさか──。婆羅門は愕然とした。後継者と信じた愛弟子の所業とは、にわかには信じ難い。だが数段上を行く妻の演技力と克明な作り話に、老師は激しい嫉妬の炎を燃え上がらせた。こうなれば人師とて、ただの男。平凡な一時的な復讐よりも、自滅に仕向け、オークツマラに永遠の苦痛をなめさせてやろうと考えた。そこでさりげなく彼を呼んで命じる。
「おまえはもう、ワシのすべての教えを修得した。後はただ一つ、この剣で街の辻に立って百人を殺し、一人一人より一本の指を切り取って、首飾りとするがよい。さすれば、おまえの悟りの道は完備するであろう」
 恐懼するオークツマラに、師は一口の剣を差し出す。悟りの道とはいえ、なんと残忍な……しかし師命に背くことはできぬ。観念したように刀を受け取った弟子を見下ろした時、男の口元がわずかに緩んだ。悲劇の幕が、こうして開かれようとしていた。
(つづく)

ブッダ物語●三人の妻(2)

 二千六百年前、三十五歳で無上のさとりを開かれたブッダは、三人の妻を持った男の例え話(『雑阿含経』に説かれている)で、何を教えられたのか。

 まず「金持ち」とは、我々人間のことである。
 第一夫人は肉体、第二夫人は金・銀、財宝、第三夫人は父母、妻子、兄弟、朋友などを例えられたものだ。

 生あるものは必ず死に帰す。臨終には、今まで命にかえて大事に愛し求めてきた三人の妻と別れ、一人、旅立たねばならぬ。後生へ踏み出すその時に、何かあて力になるものがあるだろうか?
 生涯かけて求むべきは何だったのかと、問わずにはいられないのではなだろうか。

 ブッダは、永遠に崩れぬ幸福のあることを、明らかにされ、その絶対の幸福になることこそ、人生の目的だと教えられたのである。

ブッダ物語●三人の妻(1)

 二千六百年前、三十五歳で無上のさとりを開かれたブッダの例え話に、こんな話がある。

 昔、ある金持ちの男が三人の妻を持って楽しんでいた。
 金持ちは第一夫人を最もかわいがって、寒いと言ってはいたわり、暑いと言っては心配し、贅の限りを尽くさせ、一度も機嫌を損なうことはなかった。
 第二夫人は第一夫人ほどではないが、種々苦労し、他人と争ってまで手に入れたので、いつも自分のそばに置いて楽しんでいた。
 第三夫人は寂しい時、悲しい時、困った時だけに会って楽しむ程度であった。
 ところがやがて、その金持ちが重い病で床に伏すようになる。
 刻々と迫りくる死の影に恐れおののいた彼は、第一夫人を呼んで心中の寂しさを訴え、”ぜひ死出の旅路の同道を”と頼んだ。
“ほかのこととは違い、死の道連れだけは、お受けすることはできません”
 すげない第一夫人の返事に、男は絶望の淵に突き落とされた。寂しさに耐えられぬ男は、恥を忍んで第二夫人に頼んでみた。
“あなたが一番かわいがっていた彼女でさえ、イヤとおっしゃったじゃありませんか。私もまっぴらご免でございます。あなたが私を求められたのは、あなたの勝手。私から望んだのではありません”
 案の定、第二夫人の返事も冷たい。男は恐る恐る、第三夫人にすがった。
“日ごろのご恩は決して忘れてはいませんから、村外れまで同道させていただきましょう。しかし、その先はどうか堪忍してください”
 結局、三人ともに突き放されてしまったのだ。

 この例えは一体、何を教えられたものか、ブッダの教えを聞いてみよう(つづく)。

ブッダ物語●仏弟子アナリツの誓い(2)

 ブッダの弟子アナリツが、目の光を失ってからのこと。衣のほころびを繕うため針に糸を通そうとするが、見えないのでかなわない。そこで周囲に呼びかけた。
「だれか、善を求めようと思う人はありませんか。この針に糸を通していただきたいのです」
 しばし待つも、応じる人はない。あきらめかけた時、傍らに気配がした。
「ぜひ、私にさせてもらいたい」
 声の主は、ブッダその人だった。アナリツは驚いて、
「世尊は、すべての善と徳を成就なされた方ではありませんか」。
 畏れて言うと、ブッダは、
「仏の覚りを開けばとて、小善をおろそかにしてよい道理がない。世の中で、善を求めること私にすぐる者はない」。
 アナリツは、ありがたくブッダの親切を拝受した。

ブッダ物語●仏弟子アナリツの誓い(1)

 精舎では善男善女が肩を並べ、真剣にブッダの説法を聴聞していた。瞬きさえ惜しむような張り詰めた空気の中で、仏弟子アナリツは不意に襲った睡魔と闘っている。不摂生をした覚えはないが不覚にも、彼はつい居眠りをしたのだ。
 法話のあと、犯した過ちの大きさに震えながら、ブッダの御前にひざまずいて、うなだれた。
「何が目的で、仏道を求めているのか」
 ブッダの問いにアナリツは、
「はい。生死の一大事の解決のためでございます」。
「そなたは良家の出身ながら道心堅固、どうして、居眠りなどしたのか」
 慈言が胸に響き、身の置き場もないような気持ちになる。悔悟の念を絞り出すように、アナリツは誓った。
「今後、目がただれようとも眠りはいたしません。どうか、お許しください」
 その日から熱烈な修行を敢行した彼は、夜が更け、暁を見ても、決して眠ることはなかった。不眠は連日に及び、”あの誓いは聞法の場のみのこと”と思った周囲からは、驚きとともに忠言が多く寄せられた。夜も休まぬ決意とは、到底だれも思わなかったのだ。
 やがて、不休の修行で目を患った彼に、ブッダは諭された。
「琴の糸のように張るべき時は張り、緩むべき時は緩めねばならぬ。精進も度が過ぎると後悔する。怠けると煩悩が起きる。中道を選ぶがよい」
 侍医の、”もう少し、眠れば治る”の強い勧めにも、彼は釈尊との誓いを貫き徹し、ついに両眼を失明した。同時にしかし、深遠な心眼が開け、釈迦十大弟子の一人、アナリツ尊者となっている。

ブッダ物語●上達よりも大切なこと(2)

 ブッダからハンドクは、一本のほうきと、「ちりを払わん、あかを除かん」の聖語を授けられ、毎日、掃除をするよう勧められた。
“世尊の仰せられるとおりにしよう”。決意したハンドクは、
「ちりを払わん」。
 大きな声で唱えながらほうきを動かす。ところが、続く言葉が言えず、手がすぐに止まる。後ろでブッダが、「あかを除かん」と言われると、ようやく、
「あかを除かん」。
 だがすでに、「ちりを払わん」を忘れている。手がまた止まる。
 ブッダが再び、「ちりを払わん」をおっしゃる。こんな懇切な教導にも、わずか一言が身につかない。それでもハンドクは、やめようとだけは思わなかった。

 倦まず、たゆまず、二十年間、彼は同じ努力を続けた。
「おまえは、何年掃除しても上達しないが、上達しないことに腐らず、よく同じことを続ける。上達することも大切だが、根気よく同じことを続けることは、もっと大事だ。これは他の弟子に見られぬ殊勝なことだ」
 一度だけ、こうブッダに褒められたことがある。

 シュリハンドクはやがて、チリやほこりは、あると思っているところばかりにあるのではなく、こんなところにあるものかと思っているところに、意外にあるものだということを知った。そして、「オレは愚かだと思っていたが、オレの気づかないところに、どれだけオレの愚かなところがあるか分かったものではない」
と驚いた。ついに彼に、阿羅漢のさとりが開けたのである。
 よき師、よき法にあい、よく長期の努力精進に耐えた結実にほかならない。


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