ブッダ物語●祇園精舎(5)

 果たして給孤独は、落胆するどころか大層喜び、飛び出すように帰宅して準備に取りかかった。蔵という蔵から金貨を集め、車に山と積み、目的の土地に向かったのである。

“なぜここまで……”
 給孤独の本気を思い知らされ、太子は半ば呆れてつぶやいた。目の前には、まばゆい光を放つ黄金が大地に輝いて、見たこともない光景がはるか向こうまで広がっている。そうするうちにも長者の使用人たちは、金貨を無造作に樹林へ敷いていく。彼らを急かすように指示を与える、給孤独の声が響いた。
「さあ、どんどん運べ。蔵が空になってもいい。運べ、運べ」
 その声に、我に返った太子は、慌てて長者に駆け寄り、
「待ってくれ。あなたは、なぜ全財産を投げ捨ててまで、この土地を仏陀に寄進したいと思うのか」。
 ニッコリほほえんで、長者は答えた。
「先日も申しましたとおり、ブッダは万人が救われる真実の法を説いておられます。苦しみ迷いの人生が、現在ただいまから光明輝く幸せに生かされ、未来永劫の楽果を得られる尊法です。そんな教えが説かれているなら、いかに遠くへでもはせ参じ、恭敬して教導を頂くべきでしょう。ところが仏陀は、自ら赴くと仰せです。普通ではありえぬこと。されば今、わが為すべきは、全精力を傾けて、ブッダをお迎えする土地をご用意することであります。私は、この国に仏法を伝えたいのです。金や財は一時の宝。やがては滅び、身から離れていく。しかし、永久に滅びぬ至宝、真実の法を体得するために生かせるなら、こんな喜ばしいことはない。たとえ全財産を投じても悔いはありません」
(つづく)

ブッダ物語●祇園精舎(4)

 ブッダをお招きする精舎(寺院)の建立に奔走する給孤独長者は、祇陀太子のもとへ行き、土地の譲渡を願い出た。その熱意に太子の心は動いたが、まだ承諾できない。そこで長者の心を知るため、太子は一計を案じた。

“こんな男には、今まで会ったことがない”
 給孤独長者と言葉を交わすうち、祇陀太子はそう思うようになった。多くの恵まれない人々へ財物を施していると聞いても、初めは売名や儲け話と絡めて考えていた。だが実際に会ってみると、真心から他人のために行動しようと努めていると分かる。私心や野心とは縁遠く、立ち居振る舞いも堂々として、こまやかな配慮も感じられた。すぐ、彼の信奉する仏陀にお会いしてみたいと思ったほどだ。しかし、疑念はまだ残っている。慎重に結論を出そうと太子は、一つの条件を提示する。
「よろしい。では、あの土地に金貨を敷き詰めただけの金額で譲りましょう」
 偽者なら、そんな巨額に、あきらめるに違いないと思ったからである。
(つづく)

ブッダ物語●祇園精舎(3)

 さまざまに巡る、太子の思いを察してか、長者は続けた。
「ブッダ・釈迦牟尼は紛れもなく真如より来現したお方。尊いお姿をご覧になり、み教えを聞かれれば、その違いが分かられるでしょう。仏と同じ時代に生を受けることは、幾多の生死を重ねても有り難いのに、今こうして遇えたのは、何よりの驚きであり、喜びではありませんか。万劫にもないこの機会を逃すことはできないと、聖地をほうぼう探し回ったのです。町に近すぎては騒がしくて聞法の邪魔になる。かといって遠すぎては参詣者に不便です。毒蛇や猛獣が出没する危険な場所は避けねばなりません。吟味を重ねてやっと見つけたのが、太子、あなたの樹林でした。市街からも近く、広さも十分。静かな森に、澄んだ水の流れる小川、小鳥のさえずりが心を洗う。ここしかないと、私は確信したのです。金に糸目はつけません。どうかお願いいたします」
 その熱意には打たれるものがあった。だが、太子の疑念は晴れない。これは果たして、信用してよいものか。そこで何か条件を出し、長者の気持ちを確かめてみようと思ったのである。
(つづく)

ブッダ物語●祇園精舎(2)

 現れたスダッタの印象は、想像とまるで違っていた。さわやかな笑みを湛えて彼は、礼儀正しくこう言った。
「太子さま。ぶしつけにも突然お伺いいたしましたこと、お詫び申し上げます。実は今日は、太子さまが郊外に所有なさっている土地をお譲りいただけないものかとお願いに上がったのです」
 いきなりの申し出に真意を量りかね、まず断りの言葉が口を突く。すると彼は、いよいよ表情を崩してこう続けた。

「大事な土地であることは重々承知いたしております。しかし、これには訳がございます。ぜひそれを知っていただきたいのです」
 何か温かな、深みのあるものを感じさせる。”今までの輩とは少し違う。聞いてみようか”と心が動いた。
「実は先日、私は最高の覚者であるブッダ・釈迦牟尼にお会いすることができました。世尊は各地で、すべての人が本当の幸せになれる教えを説いておられます。私は多くの人に仏の教えを伝えたいと思い、釈尊にコーサラへお越しいただくよう、お願いしました。そこで、あの土地にブッダが説法される精舎を建立したいのです」

“ブッダについては、私も以前に聞いたことがある。だがそれほど尊い方のためとはいえ、ただ話を聞くために、あんな広大な土地が必要なのか。それに、コーサラにも優れた婆羅門はいるのだから、他国からわざわざ覚者を招かずとも、それらの修行者や人師を、手厚く保護していけばいいのでは……”
(つづく)

ブッダ物語●祇園精舎(1)

 ブッダ在世中、給孤独という有名な長者がいました。その長者に、こんなことがありました。
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 義兄を訪問した折に釈尊と出遇った給孤独(スダッタ)長者は、故郷のコーサラに帰るや、ブッダをお招きする精舎(寺院)建立に動きだす。最適の場所として祇陀太子の土地を見出し、早速訪ねて譲渡を願い出た。これは、その時の太子の様子である。

 スダッタというその長者の名前には、思い当たることがあった。一つはコーサラでも有数の資産家であること。二つに多くの身寄りのない者に施しを与えて、「給孤独」と呼ばれていたことだ。

“きっと名利にさとい者なのだろう”。彼が訪ねてきた時、祇陀太子は狡そうな男を想像し、会わぬ前からうんざりした。というのも、若いころからそんな輩──利権をちらつかせ、王子の名を利用して甘い汁をすすろうとする連中に、数多くイヤな目に遭わされてきたからだ。
“この男も慈善の名の下、売名や儲け話を企んでいるのだろう。どんなうさんくさい話をしてくるやら……”。内心警戒しながら、太子は彼を部屋へ通した。
(つづく)

ブッダ物語●給孤独長者の述懐(3)

 ブッダ在世中、給孤独という有名な長者がいました。給孤独長者の述懐を聞きましょう。
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 その夜はよく寝つかれず、ウトウトしては何度も目を覚まし、夜明け前にはもう待ち切れずに仏の宿舎へと向かいました。闇の中を歩いていくと、ちょうど昇りくる陽の光を背に、近づいてくる方がありました。ただ人と思えぬ雰囲気を感じ、すぐにブッダであると直感したのです。挨拶もそこそこに仏足を取り、礼拝すると、その方はすべてを知り尽くされたように、私を受け入れてくださいました。そして、こうお教えくださったのです。
「人間の幸、不幸はどのように定まるか。善い行為は幸せを生み、悪い行為は不幸を招く。自分が受けた結果は、すべて自分が生み出したものである。幸せになりたければ、悪を恐れ、光に向かいなさい」

 そして、人間の苦しみの根本原因と、その解決の道は仏の教えにしかないことを諄々と説かれました。

 初めて聞く真実のみ教えにすっかり魅せられた私は、すぐに、
「暗闇の中で一条の光を見いだした思いです。その素晴らしい法を、私の国にもどうかお伝えください」
とお願いすると、世尊は静かにうなずかれました。ブッダをお招きするには、何千もの人が集える大講堂と、お弟子方の滞在できる精舎が必要です。私は釈尊から精舎建立のお許しを受け、喜び一杯で故国、コーサラへ帰ってきたのです。

ブッダ物語●給孤独長者の述懐(2)

 ブッダ在世中、給孤独という有名な長者がいました。給孤独長者の述懐を聞きましょう。
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 若いころから地位や財産に恵まれ、暮らしに困ったことも、大きな災厄に遭ったこともない。その身の上に感謝してはいますが、それ自体を幸せと感じたことはありません。一生をあくせく働かずに過ごせる財を持ちながら、こんなことを言えば、信じられないと言う人もあるでしょう。しかし金や物の有る無しと、幸福感とはあまり関係ないのだと、私は思います。
 もちろん、立場にあぐらをかくつもりはなく、富を独り占めにするまい、必要以上に貪ってはならないと、慈善に努め、身寄りのない恵まれぬ方々に財を施してきました。おかげで信用や名声を得て、多くの人が私を「給孤独」と呼ぶようになりました。有り難い、喜ばしいことです。だが、”生まれてきて本当によかった”という、心の底から湧き上がる生命の歓喜とは違うものでした。絶えず、「何かむなしい。なぜだろう?」「この飢えた心にどんな滋養を与えたらよいものか」と暗中模索し、どこかにその答えを示される大徳がましまさぬか、と探し求めていたのです。

 ある時、宇宙の真理をさとった”ブッダ”という存在を知りました。”そんな方が本当におられるのならば、一度でいいからご教導を賜りたい”と思いました。でもそれは想像上の存在だろう。人は、現実の苦しみに汲々としながらも、耐えて生きていくだけなのだと半ばあきらめていましたから。
 ところがどうしたことでしょう。そのブッダが、明日ここにいらっしゃるのだと、義兄は事もなげに言うではありませんか。実際に教えを受けた者だけが知る空気を彼に感じ、私は興奮しました。
(つづく)

ブッダ物語●給孤独長者の述懐(1)

 ブッダ在世中、給孤独という有名な長者がいました。給孤独長者の述懐を聞きましょう。
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 私がブッダと初めてお会いしたのは、マガダ国に住む妻の兄を久しぶりに訪ねた時です。いつもなら大いに歓待してくれる義兄が、その日は大声で呼んでも、なかなか出迎えてくれません。ただ、使用人たちが騒がしく走り回っている様子が分かるだけ。
「広間の掃除は終わったか。料理の準備はよいか」と指示している義兄の声も、かすかに聞こえます。
“何の騒ぎだろう?婚礼でもあるのだろうか、国王を招待でもしたのか?”
 そんなことを考えながら待っていると、ようやく彼は出てきました。
「やぁ済まない。お待たせした。取り込んでいたもので……」
「一体、どうしたのですか?」
 すると義兄から、予期せぬ言葉が返ってきました。
「明日、ブッダをわが家へご招待するんですよ」
 一瞬、耳を疑いました。
「──今なんと言われた?ブッダですって?本当ですか?」
 私は何度も同じ問いを繰り返しました。最高のさとりを開いたブッダがましますなんて、どうしても信じられなかったからです。義兄は言いました。
「カピラの城主・浄飯王の太子シッタルタさまが、すべての人の救われる道を求めて出家し、仏のさとりを開かれたのです。国中を回られて、真実の幸福になれる教えを説いておられます」
 もし本当なら大変なことだ。ともかくお会いしてみたいと思いました。

「私でも、教えを賜ることができますか」
「もちろん。明日の朝、お会いできましょう。楽しみにお待ちなさい」
(つづく)

ブッダ物語●生まれ変わった殺人鬼(3)

 悪バラモンの敷いた破滅への道を、オークツマラはひたすら驀進する。死体は累々と積まれ、ついに九十九人までになった。

 だれ言うとなく彼をオークツマラ(指鬘)と呼んだ。

 狂鬼のごとく最後の一人を求めていた時、目の前に現れたのは、生みの母であった。わが子の所業をうわさに聞き、驚いてやってきたのだ。彼にはもう、だれかれの見境もなかったが、さすがに愛する母に会い、心が動揺する。麻痺した心にも懐かしく温かい感興がよみがえり、しばし人間らしい心が戻った。その時、彼の目にもう一つの影が映る。仏陀釈尊であった。見るが早いか、母に向いていた身体を反転し、釈尊めがけて猛然と突進した。ところがどうしたことか、一歩も前進できない。彼は焦って鋭く叫ぶ。
「沙門よ、止まれ!」
 釈尊は、静かに応じられる。
「我は止まれり。止まらざるは汝なり」
 奇異な答えに、彼は大いに驚いてワケを尋ねる。
「そなたは邪教にだまされて、みだりに人の命を奪おうと焦っている。だから少しも身も心も安らかになれぬのだ。我を見よ。生死を超えて何ら煩うところがない。惑える者よ。早く悪夢より覚めて無上道に入れ」
 ブッダの尊容と無上の威徳に接して、さしもの悪魔外道も慟哭し、たちまち敬虔な仏弟子となっている。

 後日、托鉢中の彼を見て、道行く人が言った。
「あれはオークツマラではないか。憎むべき殺人鬼だ」
 呼応するように人々が群れ集まってくる。手に手に石を取り、刀を持って攻撃してきた。手向かわぬ彼は大衆のなすがまま、深傷を負い、ようやく逃れて、ブッダのもとに戻ってきた時は虫の息だった。ブッダの教導により、自己の造った悪業が、このような報いを招いたと知り、忍んで受け入れたのである。

「わが弟子の中、法を聞いて早く悟ること、指鬘のように勝れた者はなし」
 ブッダは言われたという。

ブッダ物語●生まれ変わった殺人鬼(2)

「この剣で百人殺し、その指で首飾りを作れ。それで悟りの道は完備する」
 あまりに残忍な行為を強いる師の言葉を、恐懼しながらオークツマラは聞いていた。差し出された刀の怪しいきらめきに魅入られ、ためらいながら柄を取る。ちらりと覗いた師の顔は、一瞬、醜くゆがんで見えた。が、ここまで来たら、もう逆らうまい。ゆっくりと立ち上がった全身には、もう迷いは消えている。やがて街へと走りだしたその目は、次第に狂気をはらんでいった。

 事の起こりはこうだ。
 師の留守中、その妻がオークツマラに密通を迫ってきた。恩師の妻と不倫など、とても考えられなかった彼は、どうにか諌めて自室に逃げ戻った。
「……恐ろしいことだ」
 胸を占めた嫌悪感から、初めは師妻をかたくなに拒んだが、その裏に、こんな思いが潜んでいたと気づいて戦慄する。
「憎からず思う二人。通じて何が悪い。きっと隠しおおせるに違いない」
 自分こそ情欲の塊ではないか。思う先から、さらに浅ましい心がわいてくる。
「不倫に手を染め、万一にでも露見すれば、師の寵愛も失い、ここも石もて追われる身となろう。いずれが得か……」
 この損得勘定が最後には働いて、踏みとどまったのが正直なところ。そう気づいた時、疑念が転じてある思いがひらめいた。

「……もしやあれは、この私の浅ましさを悟らせようと、お師匠様が計らった芝居ではあるまいか。そうすれば彼女のあの不可解な行動も説明がつく……」
 師への無垢な買いかぶりが彼をがんじがらめにする。
「あの方に間違いはない」。信じ切ろうと力む。その純真さは悪師に出会った時、悲劇の種子となる。

 自分には素質がある。善良を装った顔の下に、よくもこれだけ凄惨な所業をなす器量があったものだ。他人事のようにオークツマラは、血にまみれた己が全身を眺め回す。ドス黒い達成感が心を酔わせている。初めの一人こそためらったが、ひとたび手を染めれば、あとは林で槙を刈るようなたやすさで、手当たり次第に剣を振り回した。力任せの太刀が、肉を切り裂き、頭蓋をたたき割る。道行く者は老少男女を問わずに殺し、その指を切ってつなぎ、見る見るうちに紅に染まった鬘(首や身体の飾り)を作り上げた。
(つづく)


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