ブッダ物語●生まれ変わった殺人鬼(1)

 ブッダ在世中のこと。
 才知、弁舌、容貌、ともに優れた、オークツマラという青年が、ある婆羅門に弟子入りした。その婆羅門の妻は、巡り会うべき人に会えた、と身を震わせる。一方で、出会ってはならぬ相手と気づくのにも、さほど時間は要らなかった。有閑夫人の退屈しのぎどころではない。抗えぬ力で女は、美青年へのかなわぬ恋情に身を焼いた。それは夫が、彼への寵愛を深めるのと歩を合わせるように、深みへはまっていく。

 女はやがて、夫が近々、多くの弟子と遊行すると知った。留守を任せられたのは、一人オークツマラ。降ってわいた幸運に、彼女はほくそ笑む。
「ただ、告白するだけでは夫にバレないとも限らない。危ない橋を渡る以上、彼には共犯者になってもらわなくては……」
 ひそかに計らい、その日の来るのを待った。

 呼び出した密室。少女のように胸がときめく。もう後には引けない。秘めてきた愛恋の情を訴えると、物堅いオークツマラは身を硬くして後じさる。なおも執拗に密通を迫るが、最後は断固拒まれ、不貞をいさめられた。こうならぬこともないと、わずかに覚悟もしていたが、ここまでかたくなとは。さすが女の身の恥ずかしさ口惜しさに打ちしおれ、すごすごとその場を立ち去った。
 のぼせ上がった気持ちが急速に冷めると、彼の誠実は辱めとしか思えない。

 次第に激しい憎悪が込み上げ、恐ろしい復讐をたくらんだ。
 夫の帰宅を見計らい、女は渾身の芝居を打つ。自らの着衣を引き裂き、あられもない格好で床の上に打ち倒れた。驚いた夫に問われるまま、不在中、オークツマラに不倫の恋を強いられ、こんな辱めを、と涙ながらに訴えた。

 まさか──。婆羅門は愕然とした。後継者と信じた愛弟子の所業とは、にわかには信じ難い。だが数段上を行く妻の演技力と克明な作り話に、老師は激しい嫉妬の炎を燃え上がらせた。こうなれば人師とて、ただの男。平凡な一時的な復讐よりも、自滅に仕向け、オークツマラに永遠の苦痛をなめさせてやろうと考えた。そこでさりげなく彼を呼んで命じる。
「おまえはもう、ワシのすべての教えを修得した。後はただ一つ、この剣で街の辻に立って百人を殺し、一人一人より一本の指を切り取って、首飾りとするがよい。さすれば、おまえの悟りの道は完備するであろう」
 恐懼するオークツマラに、師は一口の剣を差し出す。悟りの道とはいえ、なんと残忍な……しかし師命に背くことはできぬ。観念したように刀を受け取った弟子を見下ろした時、男の口元がわずかに緩んだ。悲劇の幕が、こうして開かれようとしていた。
(つづく)

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