ブッダ物語●生まれ変わった殺人鬼(2)

「この剣で百人殺し、その指で首飾りを作れ。それで悟りの道は完備する」
 あまりに残忍な行為を強いる師の言葉を、恐懼しながらオークツマラは聞いていた。差し出された刀の怪しいきらめきに魅入られ、ためらいながら柄を取る。ちらりと覗いた師の顔は、一瞬、醜くゆがんで見えた。が、ここまで来たら、もう逆らうまい。ゆっくりと立ち上がった全身には、もう迷いは消えている。やがて街へと走りだしたその目は、次第に狂気をはらんでいった。

 事の起こりはこうだ。
 師の留守中、その妻がオークツマラに密通を迫ってきた。恩師の妻と不倫など、とても考えられなかった彼は、どうにか諌めて自室に逃げ戻った。
「……恐ろしいことだ」
 胸を占めた嫌悪感から、初めは師妻をかたくなに拒んだが、その裏に、こんな思いが潜んでいたと気づいて戦慄する。
「憎からず思う二人。通じて何が悪い。きっと隠しおおせるに違いない」
 自分こそ情欲の塊ではないか。思う先から、さらに浅ましい心がわいてくる。
「不倫に手を染め、万一にでも露見すれば、師の寵愛も失い、ここも石もて追われる身となろう。いずれが得か……」
 この損得勘定が最後には働いて、踏みとどまったのが正直なところ。そう気づいた時、疑念が転じてある思いがひらめいた。

「……もしやあれは、この私の浅ましさを悟らせようと、お師匠様が計らった芝居ではあるまいか。そうすれば彼女のあの不可解な行動も説明がつく……」
 師への無垢な買いかぶりが彼をがんじがらめにする。
「あの方に間違いはない」。信じ切ろうと力む。その純真さは悪師に出会った時、悲劇の種子となる。

 自分には素質がある。善良を装った顔の下に、よくもこれだけ凄惨な所業をなす器量があったものだ。他人事のようにオークツマラは、血にまみれた己が全身を眺め回す。ドス黒い達成感が心を酔わせている。初めの一人こそためらったが、ひとたび手を染めれば、あとは林で槙を刈るようなたやすさで、手当たり次第に剣を振り回した。力任せの太刀が、肉を切り裂き、頭蓋をたたき割る。道行く者は老少男女を問わずに殺し、その指を切ってつなぎ、見る見るうちに紅に染まった鬘(首や身体の飾り)を作り上げた。
(つづく)

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