ブッダ物語(玉耶の仏縁)(1)

 暁の光が辺りを照らし始めた。徐々に明けていく気配をまぶたに感じながら、女は夜具に横たわっている。給孤独長者の家は朝が早い。すでに起きだした家人が、屋敷のあちこちで元気に挨拶を交わす声が聞こえる。だが、嫁いだばかりのこの新妻だけは、長者の家風になじむ気がないようだ。
“まったく……貧乏所帯じゃあるまいし。何でこんな早くから起きて働かなくちゃいけないのよ。ワケ分かんない”
 腹立ちを抑えて寝返りを打つ。もうひと眠りしなくちゃ、と思った。

“肌を美しく保つには、睡眠不足は大敵なんだから”
 そうつぶやいて、二度寝の快楽をむさぼるのだった。

「……玉耶は、まだ寝ているのかい?いい加減に起きないものか」
 戻りかけの意識が、隣室の舅の声を聞いた。彼女は驚いて身を起こし、辺りを見回す。窓から強い陽光がさし込んでいる。長い髪をかき上げ、大きく伸びをして鏡台に座る。映し出された自分を見て、ようやく平静を取り戻した。
 玉耶が起きた気配を察したのか、義父と夫の話し声はやんだ。彼らの、腫れ物に触るような態度にイラつく。生活をともにすれば、遠慮も薄れ、あからさまな態度や表情も表れるはずなのに、義父母も夫も不自然なほど彼女に優しい。それがたまらなくイヤで、もう実家へ戻りたいとさえ思っている。
 何から何までこの家と自分は合わない。ここでは皆、だれかのために働くのを喜びとしている。思いやりや協調がとても大事だとも言われた。
“でも私は私。好きなようにさせてもらうわ。そもそも来てくれと頼まれたから嫁いでやったのよ”
 反抗心を全身に表し、玉耶は容姿を磨くことに専心している。だれより早く寝て遅く起き、日がな一日鏡の前を居場所に、髪を梳き、化粧を続ける。裕福な家庭で育ったせいか、身の回りのことは人任せで、家事も一切したことがない。気に障ればわめき、使用人にあたり散らす。勝手気ままな玉耶を、周囲は持て余していた。”夫もあきれているだろう”。うすうす気づいてはいるが、”態度を変えれば負けよ”。今更どうすることもできないと、開き直るしかないのだった。
(つづく)

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