エピソード「毒矢を抜け」

二千六百年前、三十五歳で無上のさとりを開かれ、ブッダ(仏陀)となられたお釈迦さまにまつわる話を書いていきたいと思います。

「まず毒矢を抜け」

ある日、ブッダが大樹の陰で瞑想なされていた時、ブッダにある男が近づいてきてこういいました。
「あなたは一切の智者だそうだが、後ろの木の、葉の数を知っているか」
ブッダは静かにこう答えられました。
「知りたければ、そなた、数えてみよ」

「戯論(けろん)」という言葉があります。
議論のための議論、机上の空論、人生に真面目でない議論のことをいいます。

戯論に応ずることも、また戯論。
本質と無関係な議論をブッダは相手にされなかったわけです。
生死の大問題に向かう仏法者に、無駄な時はないからです。

ブッダは次のようなたとえ話でそのことを教えておられます。

「遊歩中の男の足に毒矢が刺さった。一刻も早く抜かなければ命が危ない。友人たちは、『すぐに矢を抜き、治療しなければ』と勧めたが、男は、『いや待て。この矢はだれが射たのか。男か、女か。その者の名前は。何のために矢を射たのか。矢に塗られた毒はどんな毒か。それらが分かるまで、この矢を抜いてはならん』と言い張った。やがて全身に毒が回り、男は死んでしまったのだ」

無常は迅速です。
今、こうしている間にも、老いや病、そして死の苦しみが現実にあるではありませんか。私たちは苦悩の根本原因と、その解決の道を説く仏教こそ真剣に聞かねばなりません。人生の大事は何かよくよく知らねばならないのです。

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