ブッダが説く親の大恩十種③生子忘憂の恩

親の大恩十種の三番目は「生子忘憂の恩」です。これは、子どもが生まれると、今までの心配や苦しみを、すべて忘れて、自分が生まれたかのように喜んで下さる恩です。
『父母恩重経』でブッダは、「若し夫れ平安になれば、猶蘇生し来るが如く、子の声を発するを聞けば、己も生れ出でたるが如し」と説かれています。
子どもが五体満足に生まれてきたのを見て、自分が生まれたように喜ぶ、ということです。そんなことは、母親でなかったら、できないことでしょう。
また『父母恩重経』に、「父母の喜び限りなきこと猶貧女の如意珠を得たるがごとし。その子声を発すれば、母も初めてこの世に生れ出でたるが如し」と説かれているのも、同じことです。
現代語にすれば「子どもが無事に生まれれば、父母の喜びは限りなく、まるで貧しい女性が、如意宝珠を得たようである。子が声を発すると、母親も初めてこの世に生まれたような気持ちになる」ということです。
あるお母さんは、出産の喜びを、このように語っています。
「子供と対面した時は、ただ、かわいいばかり。つわりで麺類ばかり食べていた日々や、陣痛でうなり声を上げていたのが夢のようで、つらかったことが全く頭に浮かびませんでした。健康に生まれてよかった、という気持ちでいっぱいでした」
また、このように喜んでおられる方もあります。
「陣痛で二日間ほとんど眠れず、三日目、経験したことのない強烈な痛みで全身が砕けそうな中、夢中で出産。体はへとへとでしたが、わが子を抱いた時、大切な宝物を手にした気持ちでした。痛みも疲れも吹き飛び、喜びが込み上げてきました。陣痛の時は、”こんな苦しいことは、もう嫌だ”と思っていたのに、産んだあと、その痛みを忘れているのです」
まさに、ブッダが説かれる通り、大きな大きなご恩を両親から受けているのです。

こういう話を親鸞会の講演会で聞いて、仏教観が一変しましたので、これからも紹介させて頂きます。

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